文化・芸術

2009年12月14日 (月)

タケさん

東北の中で、行きたかったけど、行きそびれてしまって、後悔しているのは、太宰治の生家です。そこは今、太宰治記念館 「斜陽館」として公開され、国の重要文化財に指定されています。20年位前までは、旅館だったそうです。

私は太宰治ファンではありませんが、10代の頃はよく読みました。「走れメロス」が好きです。

太宰治(本名、津島修治)は青森県北津軽郡金木村出身で、大地主の家の10番目として生まれました。太宰が幼い頃、奉公に来ていた、越野タケに教育されます。タケは、太宰に字を教えたり、一緒に本を読んだり、道徳的なことも、教育したそうです。幼い太宰治は、タケをとても慕っていました。小説「津軽」に、このタケに対する想いが描かれています。母親のように慕っていたのでしょう。ある日、太宰にだまって、タケはお嫁に行き、出て行ってしまいます。別れが辛くなるので、太宰には言えなかったのでしょう。

30年後、太宰治は突然、小泊村へ行きタケに会いに行きます。その日は運動会でした。太宰は運動会の会場で、タケを探します。偶然、タケの子供と出会い、タケと再開できます。タケは驚き、再会を喜びます。しばらく二人で座って運動会を眺めます。この日のタケの着物は、奉公にきていた頃と同じ帯だったのです。様々な思い出が、二人の心に廻ったことでしょう。現在、この学校では、二人が座って運動会を眺めている様子の、銅像があります。

その後、タケさんは長生きをされました。昭和54年頃の、タケさんが80歳の映像が残っています。太宰治を教育した女性として。タケさんは、太宰治の活躍、心中自殺・・・どのような思いでニュースを聞いたのでしょうか。

太宰治が一番愛していたのはタケさんだったのかもしれません。あくまで想像ですが、タケさんが本当の母親のように、ずっと傍にいたら、太宰治の人生は違う方向に行っていたかもしれない、と、思いました。

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2008年9月21日 (日)

タツノコプロの世界展

現在、岩手県花巻市にある萬鉄五郎(よろずてつごろう)美術館で開催されています。東北新幹線「新花巻駅」から車で10分位です。萬鉄五郎記念美術館は日本の近代美術の先駆者の一人、萬鉄五郎(1885-1927)を顕彰するため1984年5月開館しました。当館は萬の生地である土沢が一望できる、彼がこよなく愛した「舘山」に位置しています。当館では「萬と土沢」をテーマに、萬の油彩画・水墨画・素描などの作品にあわせ、ノート・書簡・写真や遺品など、この画家に関する資料を所蔵・展示しています。(HPから)

萬鉄五郎美術とタツノコプロて、すごく違和感がありましたが、今日もたくさんの家族づれがいらっしゃったので、広く芸術を触れると言うことでいいかな、と思いました。でも、やっぱり同じフロアーに、ヤッターマンと水墨画が並んでるのは、なかなかおもしろいです。

タツノコプロは、1962年に故吉田竜夫氏と兄弟たちが、漫画制作集団として竜の子プロダクションを設立、やがてアニメ制作集団となり、アニメを制作する。今の子供は「ヤッターマン」位しか知らないでしょう。私の世代は全盛期でした。初めのアニメ宇宙エース、マッハGOGOGOはまだ生まれていませんでしたが、ハクション大魔王、ドカチン、一発貫太くん、みなしごハッチ、けこっろデメタン、樫の木モック、いなかっぺ大将、ガッチャマン、キャシャーン、タイムボカンシリーズ・・・だいたい見てたので、なつかしいです。タツノコプロの絵は筋肉質で躍動感ある独特な絵です。子供の頃はアメリカンコミックのような絵が苦手だったのですが、アニメの内容がおもしろいので、いつの間にか気にならなくなっていました。今見ると、クォリティーの高いアニメばかりだったのですね。人物の魅力、躍動感や風景やメカなど、かなり凝っていて芸術性の高い素晴らしい作品です。子供のころ、当り前のようにテレビで見ていたなんて、今思うと、贅沢で幸福だったのだと思いました。

展示は9月20日から11月24日まで8時30分~17時(入館16時30分)Photo_5 Photo_6 Photo_7

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