タケさん
東北の中で、行きたかったけど、行きそびれてしまって、後悔しているのは、太宰治の生家です。そこは今、太宰治記念館 「斜陽館」として公開され、国の重要文化財に指定されています。20年位前までは、旅館だったそうです。
私は太宰治ファンではありませんが、10代の頃はよく読みました。「走れメロス」が好きです。
太宰治(本名、津島修治)は青森県北津軽郡金木村出身で、大地主の家の10番目として生まれました。太宰が幼い頃、奉公に来ていた、越野タケに教育されます。タケは、太宰に字を教えたり、一緒に本を読んだり、道徳的なことも、教育したそうです。幼い太宰治は、タケをとても慕っていました。小説「津軽」に、このタケに対する想いが描かれています。母親のように慕っていたのでしょう。ある日、太宰にだまって、タケはお嫁に行き、出て行ってしまいます。別れが辛くなるので、太宰には言えなかったのでしょう。
30年後、太宰治は突然、小泊村へ行きタケに会いに行きます。その日は運動会でした。太宰は運動会の会場で、タケを探します。偶然、タケの子供と出会い、タケと再開できます。タケは驚き、再会を喜びます。しばらく二人で座って運動会を眺めます。この日のタケの着物は、奉公にきていた頃と同じ帯だったのです。様々な思い出が、二人の心に廻ったことでしょう。現在、この学校では、二人が座って運動会を眺めている様子の、銅像があります。
その後、タケさんは長生きをされました。昭和54年頃の、タケさんが80歳の映像が残っています。太宰治を教育した女性として。タケさんは、太宰治の活躍、心中自殺・・・どのような思いでニュースを聞いたのでしょうか。
太宰治が一番愛していたのはタケさんだったのかもしれません。あくまで想像ですが、タケさんが本当の母親のように、ずっと傍にいたら、太宰治の人生は違う方向に行っていたかもしれない、と、思いました。
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